めざせ★ほっこりホーム

家づくりを含めた、暮らしの備忘録。

【妊活】稽留流産の手術②

妊娠9週目と2日目で赤ちゃんの心拍が止まっていることを確認しました。

次の日には手術で摘出することになりました。

稽留流産の手術①はこちら。

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手術後

ベッドで目が覚めると、椅子に座った旦那さんがウトウトしていました。

お腹の調子はというと、生理痛のようなお腹の傷みがありました。

あと普通にお腹が減っていました(笑) 15時ぐらいでずっと何も食べていませんでした。

また少し眠り、看護師さんに体調を聞かれたときには生理痛の傷みは和らいでいました。

手術後は歩行の確認と聞いていましたが、それらしい行為はトイレに一度行き、問題ないという感じでした。

手術中におむつになっていたので、普通の下着に履き替えました。

生理用のナプキンをつけましたが、おむつもパンツも出血はありませんでした。

その後、退院の手続きをして帰宅しました。

長い一日となりましたが、暇かもと思い持ってきていた本は読む気になれず、あっという間に過ぎました。

逆にずっと付き添ってくれていた旦那さんに感謝というか、感激でした。

何もすることが無いのにずっと付き添ってくれて感謝です。

まぁ、もともと一度家に帰る予定だったけれど、帰りそびれたというのもある。

人によると思いますが、私としては朝にめまいを起こしてから精神的にも弱っていたと思います。旦那さんは何かと手を握ってくれて、安心できました。

旦那さん、ありがとう!

 

数日後……

数日後というか、手術終わりからすぐに元気で夕飯もしっかり食べていました。

「なーんだ、こんなにすぐに妊娠前の元気な体と気持ちになるんだ!」

と油断していましたが2、3日は妊婦っぽい感じでした。調子に乗って散歩をいつも以上に歩いたら、大量の出血がありビビりました。

その後も出血量は少なかったですが5、6日は続きました。

1週間後に検査をしたら、子宮は綺麗で正常だと言われました。

流産後の気持ち。

流産で亡くなってしまった赤ちゃんは染色体の異常のことが多く、母親側に問題がある場合は少ないと聞きます。

それでも、もしかしたらわたしが精神的に不安になったり、暑い中畑仕事を無理したり、そういったことが原因だったのではと考えてしまいます。

ただ、 流産したばかりで次の妊娠なんて考えられないか? と言われると、それはちょっと違い、思った以上に子供を授かりたいという気持ちが強いです。

先生から流産してもすぐに妊娠する人もいると聞いたからかもしれません。

なので、妊活を続けようと思います。

この流産体験記が誰かのお役に立てれば幸いです。

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

 

【妊活】稽留流産の手術①

妊娠9週目と2日目で赤ちゃんの心拍が止まっていることを確認しました。

次の日には手術で摘出することになりました。

稽留流産とわかったときの体調。

わたしの場合、出血や腹部の傷みなどは全くありませんでした。

つわりはもともと酷くなく、食欲が減ったり、身体か疲れやすかったり、眠たかったりするぐらい。

流産とわかる2、3日前からつわりの症状が軽くなったと感じました。ご飯をしっかり食べられていたんですね。

なので、まさか心拍が止まっているとは思いませんでした。

流産がわかった次の日には手術。

先生からは手術を進められましたが、自然に出てくるのを待つ方法もあると言われ、検討するなら1週間ほどは時間があると言われました。

ただ心拍が止まった状態なので、ずっとお腹の中にとどめておくことはできないので、できるだけ早く出した方がよいと言われ、次の日には手術となりました。

旦那さんが急遽休みを取ってくれて、送り迎えをしてもらえました。

麻酔を使うため、自分で車の運転はできないと言われたため送り迎えが必要でした。

 

手術の1日。

手術と言ってもお腹を切るわけではありませんでした。処置といった感じで、日帰り手術となります。

前日は夕飯を食べて、朝食は抜くように言われました。水分は7時まで。

朝8時45分ごろに病院に行き、再度エコーを確認。

簡単な処置をされました。おそらくですがその処置で自律神経が乱れ、めまいと冷や汗が出てきて、担架でベッドまで運ばれました。

そういった経験がないため、自分でも驚きました。

その後は落ち着いて手術までの時間を向かえました。

この朝一の処置が一番、辛かったです。痛いという程ではありませんが少しの痛みと気持ち悪さがありました。

午前中に点滴をするために注射針を刺すのですが、それがなかなか入らない(笑)

看護師さんが入れ代わり立ち代わり、5回刺されました。

13時前に手術が始まりました。

わたしは手術が初めてで、かなりドキドキしていました。

こんなこと言うと不謹慎かもしれませんが、医療ドラマで見るような手術室。

テレビで見るような世界が広がっており、心の中で“わぁ~”と、ときめいて、顔がにやけそうなのを我慢していました(笑)

麻酔のときに数を数えて、次に気づいたときは手術が終わっており驚きました。

数を数える前から1杯目ビールを一気飲みしたときのような目の前がぐるぐる回る感じがありました。

数は12までは覚えていますがいつ眠ってしまったのだろう(笑)

手術後、名前を呼ばれ、気が付いたのですが、全く身体が動きませんでした。

ただ、手術台から運ばれ、ベッドに寝かされているのはわかりました。

麻酔が効いていたからなのかわかりませんが、結構荒っぽい扱いだと感じました(笑)

看護師さんにそこまで求めるわけにもいきませんが。

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

 後編はこちら。

 

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【妊活】妊娠と流産の経験

最近更新ができておらず、一度に妊娠と流産のことを書くことになりました。

先日、流産の手術をしてきました。

6月の上旬に親子手帳を貰ってきたばかりで、2週間後には流産手術をすることになるとは……。

妊娠したとき。

「妊娠にしたかも」と思ったときは5月の生理が来なくなって4日目のときでした。

その週末には検査薬で陽性を確認。旦那さんと一緒に喜びました。

年齢が年齢なので心配していたのですが、妊活のために体温を計測し始めて約3カ月目のとき、タイミング法で2回目の排卵を経験した時期でした。

すぐに病院の予約をしたのですが、妊娠5週目以降が赤ちゃんの心拍音が確実ということで5月の末に初めて婦人科を受診し、妊娠が確定しました。

親子手帳を貰いに行ったとき。

岡山市では母子手帳のことを親子手帳と言います。

わたしはただ手帳を貰うだけかと思っていたら保健師さんと面談で1時間ぐらい話すことになり、ちょっと驚き。

妊娠してからの体調。

よく聞くような酷いつわりではありませんでした。

しかし、流産した今思うことは、もっと自分の身体をいたわった行動をとればよかったと思います。

妊娠して徐々に疲れやすくなりました。すっごい眠いんです(笑) 

けれど初期の段階は少々のことで、いつもやっている家事やパートを休みませんでした。

それよりもネットでいろいろな情報を得て、これからつわりがもっとひどくなるかもしれないと構えてしまい「動けるうちは動かないと!」と思ってしまい、身体が休息を求めているのに頑張っていたんですね。

徐々に身体が変化しているので、なかなか無理しているのに気付けない。

もぅ、毎日行っていた散歩に行くのにも行けないぐらいしんどい状況だったのに。

もちろん家事は家族に手伝ってもらったり、パートから帰ったら昼寝をしたり、自分ではかなり休んでいる方だと思います。

普通にお勤めしている人はすごいと思います。わたしだったら続けられそうにない。

流産がわかったとき。

9週目に入っていました。ネットの情報でこれからつわりのピークを迎える時期とあり、つわりが酷くなるかと思いきや、全くひどくなるどころかご飯も食べられて調子がいい! と感じていました。パートをお休みすると報告したばかりだったので、パート先に申し訳ない気持ちになりました。

9週目の壁。9週目を過ぎると少し流産の確率が減ると言われています。

それもあって少し油断していたかもしれないです。病院で心拍が止まっていると言われ、「えっ?!?!」となりました。

確かに定期健診で「次は2週間後に」と先生に言われたのに、帰り際にやっぱり1週間後に来るように言われたので、どうしてなのか気になっていました。

念のために理由を看護師さんに聞きましたが「先生がそう言っているから。」とだけ言われ少し心配になりました。

それにエコーで見ているときに先生が何も言わない。

「順調ですよ。」とか「元気に動いています。」とか「危ないから安静に。」とか。

先生の性格にもよるでしょうが、何も言われないと逆に心配になりますよね。

まぁ、結局1週間後に心拍が止まっていたので前兆があったのかもしれないです。

その後すぐに今後の話しになり、手術することがきまりました。

流産と伝えられて、まだ混乱しているような状態で、どんどん話が進む。

なかなか心の整理がつかないままでした。

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

時間の使い方

ご無沙汰しています。本日のプログは旦那です。

▼こちらは土が硬くて根っこが大変なことになったにんじん。日々勉強です。

人生は限られた時間をいかに上手に使用することができるかで、人生の充実さが決まる要因の一つだと考えています。

 

岡山に来てから3年。今までは休日、義祖父母宅の片付けをし、終わってからはマイホーム購入(結果としてはリフォームです)に向けて、そして農業をしています。

 

田舎に来てからの休日は、正直東京で生活していたよりも忙しいです。しないといけないことではありませんが、田舎での生活を想像するものをすると、時間が全くなくなります。1日のびのびと家でのんびりとアマプラを見ている時間などありません。

田舎といったら、のびのびと生活できるのではないかと思われるかもしれませんが、実際にはテキパキと生活しないと時間が足りないです。

 

農業は作物の種を発芽させる際にはポットを使います。発芽して大きくなったら地植えしてあげる。地植えする2週間前に苦土石灰、1週間前に堆肥を混ぜます。堆肥は化学肥料でなく有機肥料にするために、有機肥料を作っています。これが完成するには約1カ月かかり、週1で混ぜてあげる必要があります。

 

平日の勤務では7:30~21:30まで働き、往復約2時間かけて電車で通っています。そのため、平日にほとんど時間はありません。休日も農業していると丸一日かかります。

ふぅ~(´Д⊂ヽ まじでゆっくりする時間がない。

 

こうなるといかに時間を捻出するかです。

考えられるのは、

・平日の時間を捻出するために車の購入

・仕事の効率化

・もしくは職場が近い場所への転職

ワークライフバランスがとれる会社への転職

が考えられます。

休日の時間を捻出するためには

・農地と家の通勤時間を無くすこと

・種から育てるのではなく

・苗か育てる

・肥料にこだわらない

です。

上記を考えると、お金がある程度を解決してくれることがわかります。

そのため、私にとってのお金の適切な使用方法は、時間の節約を助けてくれるものというのがわかりました!

今年末には農地の近くの家が完成予定ですので、今よりは休日の時間は有効に使えるはずです(`・ω・´)

来年には子供が生まれる予定ですので、今より忙しくなるでしょうが、それは苦ではなく楽しみたいですね!

お金に余裕があれば田舎ライフは想像通りのスローライフを楽しめますが、余裕がないのであれば、激務の毎日です。けど、毎日は充実していますけれどもね。

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

【妊活】自分に優しくなるためのヒント

今日はすごい風でした。

畑の野菜たちはぶわんぶわんと左右に揺れていました。

 

生理痛のなんとなく体調不良に悩んできた。

本年より妊活をしようと婦人体温計で計測しています。

ルナルナというアプリで管理していますがさまざまな情報が載っています。

例えば、「女性ホルモンのバランスで眠くなるから無理しないで。」とか「イライラしやすいからのんびり過ごして。」とか、そのときの女性ホルモンの周期に合わせてお知らせしてくれます。

個人的にこの情報がとても参考になりました。もっと早く知りたかった!

 

それまで、なんとなく眠いとか甘いものが食べたいとか、元気が出ないとか、仕事を休むほどではないが身体が不調とか、これらが女性ホルモンによるものだろうとは思っていましたが、そういう体調になりやすい時期があることを知りませんでした。

ずっと、なんとなく、たまたま、定期的にそういうタイミングがあるものだとばかり思っていました。

 

卵胞期・黄体期・月経期

基本、女性の身体はこの3つの周期が順番に巡り、その周期でそれぞれ違った症状が現れます。個人差があるのでアプリにメモを残していくと自分の症状のパターンが見えてきます。

月経期ぐらいは知っていましたが卵胞期と黄体期は知りませんでした。学校で習ったのかもしれませんが全く記憶にない。

アプリでは卵胞期をキラキラ期、黄体期をもやもや期、月経期をブルー期と表現されています。

その呼び方通り、キラキラ期は体調やお肌の調子が良く積極的になれる時期。

もやもや期はイライラ、ダイエットで痩せにくい、甘いものが欲しいなどいわゆる月経前症候群PMS)が現れる時期。

ブルー期は月経中で腹痛や腰痛などの生理痛があります。

卵胞期とは生理が終わってから1週間程度を指すのですが、エストロゲン(卵胞ホルモン)というホルモンが分泌されます。体温は低体温期。

黄体期とは排卵が終わってから、次の生理までの2週間程度のことで、プロゲステロン(黄体ホルモン)が分泌されているもやもや期。体温は高体温期。

自分が今、どの周期でどういった症状が出るときなのか分かれば事前に対応や心づもりができます。

ほんと、もっと早く知りたかった!

 

今まで自分責めをしていたけど、優しく出来るようになった。

なんとくやる気が出ない、マイナス思考やイライラから人に当たってしまうことがありました。

特に家事や仕事をする気にならないというのはもやもや期に現れる症状。

それまで「自分は怠惰だ」とか「怠けている」とか自分で思っていました。そして周りから「あいつは怠けている」と思われないようにと自分に鞭打って、しんどいときも無理をしていたと思います。

でも、この症状がPMSだとわかると、「今はそういう時期。」とわりきって、夕飯をお惣菜に頼ったり、お昼寝をしたり、甘いもの摂取したり、仕事をお休みしたり、自分に優しく、のんびりと過ごしています。

同じくPMSで相手にイライラを募らせたり、怒ったり、責めたり、そういう自分が嫌でした。よく爆発させていました(笑)

けれど「もやもや期だからそういう風な考え方をする。」と思えると、気分転換や息抜きを積極的にしています。

旦那さんに黙って高級アイスを食べたり、好きなものを買ったり、ご褒美ご褒美♪(なんのww)と自分を甘やかすと、相手を巻き込まずに済みます(笑)

 

もし10代や20代の自分に会えるなら。

基礎体温と女性ホルモンの周期を知り、些細な体調と気持ちの変化を書き留めよ。」と言いたい。

そうしたら、もっと自分に優しく、体調の変化と上手に付き合えると言いたいですね。

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

【農業】建築資材の再利用! おがくず でたい肥作り。

▼おがくずで堆肥作りに挑戦しました。

 

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1年前、社会人就農研修に参加。

土づくりの勉強はしました。しかし、実践的なことは何もしていません。

なので、ほぼ知識なし状態で堆肥作りをすることになりました。

1.そもそも堆肥とは何なのか? 実はわたし、よくわかっていません。

農業をしていると「堆肥」というワードはよく耳にします。

堆肥は落葉、木くず、動物の糞尿を混ぜ合わせて、発酵、分解されたもの。土壌改良剤として利用します。緩効性肥料。土の中の微生物の餌となる有機物。

こんな感じの説明を見ますが、正直なところ言葉で理解している(つもり)がいまいちよくわかっていません。

とにかく作物を作る上でとても大切なもので、土に中に混ぜてやると作物が元気になるという認識です。

自分でも腑に落ちない説明だと感じますが、今のわたしが書くとこんな説明になります。あしからず。

2.さぁ!堆肥を作ってみましょう!

《堆肥の材料》

・おがくず

(分量はきちっと計測はできていませんが45リットル×3~4袋分)

・米ぬか……1㎏

・鶏糞……2㎏

コーランネオ(発酵促進剤)……200ℊ

今回はおがくずでしましたが、落葉や枯草、野菜のくずなどで作るのが一般的だと思います。

堆肥は材料によって発酵のスピードが違います。おがくずは落葉に比べると堆肥になるまでの時間が長いそうです。

そのため今回は発酵促進剤を使ってみることにしました。

 

《堆肥を仕込む場所づくり》

堆肥枠にあぜ板を利用。

今回はあぜ板(600×1250)を3枚使い、サークル上にして使いました。

堆肥作りの場所は畑の隅で以前祖父母が堆肥を作っていた辺りにしました。

10㎝~20㎝の穴を掘り、あぜ板を設置、外回りを土で埋める。

▼思ったより土が出ました。この土は田んぼへ持っていきました。往復が大変。

堆肥を作る場所や堆肥枠なども悩みました。

ネットや本にはさまざまな方法がかかれており、正解は無いのだと思います。

当初900×900のコンパネを4枚使い、堆肥枠を作ろうと考えていました。

しかし、コンパネ購入直前にあぜ板を使った堆肥枠の情報を目にしました。結局、あぜ板を使った堆肥枠で作ることにしました。

どうしてあぜ板で作ることにしたの?

一つはコンパネより値段が安かったからです。コンパネは4000円程の費用に比べあぜ板は2600円程度です。

また、コンパネの耐久性は3~4年という情報があり、あぜ板の方が耐久性が高いのかなと思います。

もぅ一つは「踏み込み」という堆肥を足でふみふみする作業や数週間に1度「天地返し」「きり替し」といったかき混ぜる行為が必要になりますが、このとき跨ぎやすく、作業がしやすい方が良いと考えました。(これもさまざまな情報があり、踏み込みやきり返しはしないという情報もあります。)

《おがくずたい肥の作り方》

【1】おがくず、米ぬか、鶏糞、藁を入れます。

順番は最初におがくずを入れて、後の材料は順番は決めていません。

 

【2】水をかけます。

材料がびちゃびちゃになるようにたくさんの水をかけますが、材料を握ったときに水分が滴り落ちない程度の水分になるようにしてみました。

 

【3】踏み込み。

材料と水を入れ、上から足でふみふみします。うどんを作るときに足で踏むような感じです。

 

【4】コーランネオ(発酵促進剤)を振りかけます。

 

【5】1から4の作業を繰り返します。

材料の量に寄りますが今回は1から4の工程を3回繰り返しました。堆肥の材料とコーランネオのミルフィーユ層にします。

 

【6】材料にブルーシートをかける。

仕込み終わったらシートで覆いふたをします。おそらく温度を上げるためと雨水の侵入を防ぐためかと思います。

今回は大きめの透明な袋を使いました。祖父母宅の片付けで出てきた袋。

写真を撮り忘れたした( ;  ; )

 

出来上がるのはまだ先になるので、しばらく待ちます。

楽しみです(*^^*)

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

【住まいづくり95】約2年……ゴミ屋敷状態だった祖父母宅を片づけて

今年の1月から古民家再生の工事が始まっています。

もぅ5カ月も経ってしまいました。

ということは、無事片付けが終わり工事に取り掛かることができたということです。

しかし、工事の始まる直前までモノが残っており、そのときはてんやわんやでした(;´Д`)

片づけは2021年11月から始めています。約2年かけて片付けと家づくりをしていたことになります。

当時の祖父母宅は遺品整理がほぼ手付かずの状態で、さらに父が自宅(わたしの実家)のいらないものを持ち込んでおり、さらに荷物が増えていた状態です。

父は典型的な捨てられない性格。

 

結局、祖父母宅に残っていたモノたちのほとんどが農業用倉庫の2階に仕舞われることになり、大部分を残した状態で片づけを終了することになりました。

農業用倉庫に保管されたモノで、わたしとしては必要なものはほぼありません。

▼現在の農業用倉庫。ぎっしり。一応、歩けます(笑) 2024年5月

▼片付け前の農業用倉庫。こちらもぎっしり。煩雑で歩く場所が無い。2022年2月

▼片付け途中の農業用倉庫。2022年8月

面白いことに片付け前と片付け後の農業用倉庫の違いがあまりわからないということ(笑)

結局、祖父母のタンスやテーブル、食器と食器棚、祖父の集めた図鑑や百科事典、本、趣味で描いた絵などは捨てられませんでした。(父が)

これらを最後片づけるのは結局わたし……だと思います。

まじで勘弁してほしい(>_<)

 

変わったことと、かわらなかったこと。

結局、最後まで父はかわりませんでした。

わたし「これはもう使ってないし、しまう場所も限りがあるし、使う機会がないから捨てたらいいんじゃない?」

父「とりあえず取っておいて。」「また、片付けるから置いておいて。」「これはおじいちゃんが大切にしていたものだから取っておいて。」「まだ、使えるから取っておいて。」

そんな感じで全く片付けは進みません。片付け当初は父も一緒に手伝ってくれていましたが、3カ月もすると手伝いにも来なくなりました。まぁ汚い、古い、埃臭い、娘から「捨ててください。」としか言われない、ストレスだったでしょうね。その時の父は文句とため息ばかり。

 

片づけも中盤に差し掛かったころ、さすがにこのモノの多さにねを上げて、捨てる許可が下りるかと思いましたが、そもそも管理できるような量ではないです。

待てど暮らせど、「捨てない」という姿勢から変わりません。

 

先にねを上げたのはこちら。

このままでは片付けが終わらないので父が残すと言ったモノは農業用倉庫に無理やり仕舞われました。

その中で変わったこと。それは旦那さんの考え方。

結局、旦那さんからすればわたしの父は義父。

片づけ始めた当初は「勝手に捨てるわけにはいかない。」と言っていました。(わたしは捨てる許可なんて必要なし! と言っていました。)

その旦那さんも終盤には「黙って捨てよう。」と言い出しました。(笑)

まぁ、本当にキリがないのです。

結局、父親は何がどこにあるかなんて把握していないのです。なくなったところで気づかないです。知らないうちに片付いている方が本人のためでしょう。

 

その作戦で家が完成して引っ越した暁には農業用倉庫のものを少しずつ捨てていこうと思います。

二世帯だとゴミを捨てる際、父にバレるのでは?

我が家は新居が出来たら二世帯になる予定です。(今も実家に仮住まいさせてもらっています。)

わたしの考えでは新居に最初にわたし達夫婦で暮らして、両親には1年後ぐらいに引っ越してきてもらう予定です。

すぐにでも片づけてスッキリしたいですが、現在の住まいと農業用倉庫は少し距離があるので、やはり新居に越してからになりそうです。

しかし、保管したい父親は全く片付けず、死ぬまで放置という態度には腹が立ちます。

そして、父が亡くなった後どうせ片づけるのはわたし。

なら、今片づけて空間を有意義に使いたい! という思いから片付けてしまおうと思うのですが、そうすると父は片づけをすることなくこの世を去るわけですが、それが父の思惑通りに動いている気がして、癪な気がします(^^;)

しかも、わたしが片づけてしまうのは簡単ですが、父の片付け能力の向上のためや手放す習慣作りの機会を奪うことになってしまいます。本人にやらせた方がいいかしら? けど、モノが多すぎて暮らしにくい(>_<) 

結局、我慢できずに片づけてしまいそう。

子供のお片付けの練習中の親の気持ちってこんな気持ちなのかしら?

 

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本日もお読みいただきありがとうございました。

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