今年の1月から古民家再生の工事が始まっています。
もぅ5カ月も経ってしまいました。
ということは、無事片付けが終わり工事に取り掛かることができたということです。
しかし、工事の始まる直前までモノが残っており、そのときはてんやわんやでした(;´Д`)
片づけは2021年11月から始めています。約2年かけて片付けと家づくりをしていたことになります。
当時の祖父母宅は遺品整理がほぼ手付かずの状態で、さらに父が自宅(わたしの実家)のいらないものを持ち込んでおり、さらに荷物が増えていた状態です。
父は典型的な捨てられない性格。
結局、祖父母宅に残っていたモノたちのほとんどが農業用倉庫の2階に仕舞われることになり、大部分を残した状態で片づけを終了することになりました。
農業用倉庫に保管されたモノで、わたしとしては必要なものはほぼありません。
▼現在の農業用倉庫。ぎっしり。一応、歩けます(笑) 2024年5月
▼片付け前の農業用倉庫。こちらもぎっしり。煩雑で歩く場所が無い。2022年2月
▼片付け途中の農業用倉庫。2022年8月
面白いことに片付け前と片付け後の農業用倉庫の違いがあまりわからないということ(笑)
結局、祖父母のタンスやテーブル、食器と食器棚、祖父の集めた図鑑や百科事典、本、趣味で描いた絵などは捨てられませんでした。(父が)
これらを最後片づけるのは結局わたし……だと思います。
まじで勘弁してほしい(>_<)
変わったことと、かわらなかったこと。
結局、最後まで父はかわりませんでした。
わたし「これはもう使ってないし、しまう場所も限りがあるし、使う機会がないから捨てたらいいんじゃない?」
父「とりあえず取っておいて。」「また、片付けるから置いておいて。」「これはおじいちゃんが大切にしていたものだから取っておいて。」「まだ、使えるから取っておいて。」
そんな感じで全く片付けは進みません。片付け当初は父も一緒に手伝ってくれていましたが、3カ月もすると手伝いにも来なくなりました。まぁ汚い、古い、埃臭い、娘から「捨ててください。」としか言われない、ストレスだったでしょうね。その時の父は文句とため息ばかり。
片づけも中盤に差し掛かったころ、さすがにこのモノの多さにねを上げて、捨てる許可が下りるかと思いましたが、そもそも管理できるような量ではないです。
待てど暮らせど、「捨てない」という姿勢から変わりません。
先にねを上げたのはこちら。
このままでは片付けが終わらないので父が残すと言ったモノは農業用倉庫に無理やり仕舞われました。
その中で変わったこと。それは旦那さんの考え方。
結局、旦那さんからすればわたしの父は義父。
片づけ始めた当初は「勝手に捨てるわけにはいかない。」と言っていました。(わたしは捨てる許可なんて必要なし! と言っていました。)
その旦那さんも終盤には「黙って捨てよう。」と言い出しました。(笑)
まぁ、本当にキリがないのです。
結局、父親は何がどこにあるかなんて把握していないのです。なくなったところで気づかないです。知らないうちに片付いている方が本人のためでしょう。
その作戦で家が完成して引っ越した暁には農業用倉庫のものを少しずつ捨てていこうと思います。
二世帯だとゴミを捨てる際、父にバレるのでは?
我が家は新居が出来たら二世帯になる予定です。(今も実家に仮住まいさせてもらっています。)
わたしの考えでは新居に最初にわたし達夫婦で暮らして、両親には1年後ぐらいに引っ越してきてもらう予定です。
すぐにでも片づけてスッキリしたいですが、現在の住まいと農業用倉庫は少し距離があるので、やはり新居に越してからになりそうです。
しかし、保管したい父親は全く片付けず、死ぬまで放置という態度には腹が立ちます。
そして、父が亡くなった後どうせ片づけるのはわたし。
なら、今片づけて空間を有意義に使いたい! という思いから片付けてしまおうと思うのですが、そうすると父は片づけをすることなくこの世を去るわけですが、それが父の思惑通りに動いている気がして、癪な気がします(^^;)
しかも、わたしが片づけてしまうのは簡単ですが、父の片付け能力の向上のためや手放す習慣作りの機会を奪うことになってしまいます。本人にやらせた方がいいかしら? けど、モノが多すぎて暮らしにくい(>_<)
結局、我慢できずに片づけてしまいそう。
子供のお片付けの練習中の親の気持ちってこんな気持ちなのかしら?
本日もお読みいただきありがとうございました。